東京高等裁判所 昭和45年(う)2011号 判決
被告人 遠藤幸道
〔抄 録〕
控訴趣意第一点について。
所論は、要するに、被告人は、菅好吉、市原某と「共同して」尾嶋彰に対し暴行を加える意思はなく、又、「両手で尾嶋の腕をつかんで引つぱるなど」の暴行を加えてはいないから、被告人は無罪であると主張し、みぎ共同暴行の意思および暴行の事実を認定して被告人を有罪とした原判決には、事実誤認の違法があつて、みぎ違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるというにある。
よつて、一件記録及び当審における事実取調の結果を総合して検討するに
一、本件公訴事実は、「被告人は、菅好吉、市原某と共同して、昭和四四年四月一七日午前一一時ころ、東京都新宿区新宿一丁目六七番地オジマアキラデザイン事務所において、尾嶋彰(当二八年)に対し、みぎ菅において手拳でその後頭部を殴打するなどし、被告人およびみぎ市原においてこもごも両手でその腕をつかんで引つぱるなどし、もつて数人共同して暴行を加えたものである。」というにあり、原判決は、原審証人尾嶋彰の公判廷における供述(第二回および第一〇回公判)、原審証人真下泰代同渡辺邦雄、同青柳尚忠の公判廷における各供述、被告人の司法警察員に対する昭和四四年九月二三日付供述調書によつて右公訴事実と同一の事実を認定して、被告人を有罪としたものである。
二、ところで、被告人は右公訴事実に対し、原審第一回公判期日において「口論に際し昂奮の余りたまたま相手の腕に触れた程度のことはありましたが、積極的に暴行を働いた事実はありません。」と陳述し、原審及び当審公判を通じて一貫して本件犯行を否認するものであつて、その供述するところは、被告人は、もみ合つている菅と尾嶋とを分ける目的で両人の中に割つて入つたにすぎないというにあつて、みぎ供述に副う証拠としては、証人青柳尚忠の原審および当審公判廷における各供述、原審証人渡辺邦雄、同島津正治の公判廷における各供述があつて、前記の原判決の採用した各証拠(ただし、前記原審証人渡辺邦雄、同青柳尚忠の公判廷における各供述を除く。)と相互に矛盾している。
三、従つて、本件にあつては、相反する二つの系列に属する証拠のうちいずれを措信すべきかを検討しなければならないところ、まず、原審証人尾嶋彰の公判廷における供述(第二回および第一〇回公判)中には、菅、市原、および被告人は三人がかりで、いやがる尾嶋を無理に室外に連れ出そうとして、菅は背後から尾嶋の後頭部を殴打し、被告人は同人の右手を、市原は同人の左手をそれぞれ取つて引つ張るなどしてもみ合つていたが、数分経過後青柳尚忠が被告人および市原両人と尾嶋との間に体を入れて止めに入つた旨の供述部分があり、原審証人真下泰代の公判廷における供述中にも、菅と市原とは、尾嶋の身体を玄関の方に二メートル位引つぱり、尾嶋が床に坐りこんだところ、市原と被告人とは、尾嶋の動きを封ずるような姿勢をし、菅が背後から尾嶋の頭部を殴打したが、青柳がとめに入つて、被告人と市原とを尾嶋から引き離した旨の供述部分がある。みぎ両供述は、必ずしも完全には一致せず、証人真下の供述によれば、被告人が尾嶋に対してなした具体的行動の態様は明らかではないけれども、被告人が菅に協力的な態度を取つていたこと、ならびにとめに入つたのが被告人ではなく、青柳であつたことを認める点において共通している。他方、証人青柳尚忠の原審及び当審公判廷における各供述によれば、青柳は、菅が尾嶋を殴打していざこざが起きたので、被告人に対し「とめろ」と声をかけて、それまで尾嶋らから離れていた被告人をとめに入らせ、青柳自身はとめに入らなかつたと述べているのであり、青柳本人自身の行動に関する供述であつて、信用性も高いというべきであり、更に、被告人が、尾嶋に対し手を出していない旨の原審証人渡辺邦雄の公判廷における供述、被告人が手を広げながら菅と尾嶋との間に割つて入つて、その場をおさめた旨の原審証人島津正治の公判廷における供述、をもあわせて考えれば、青柳ではなく、被告人がとめに入つたと認めるのが合理的であり、みぎ各証拠に対照すると、尾嶋の供述はむしろ信憑性がうすいというべきであつて、尾嶋は、仕事のため前夜徹夜し、起きぬけの状態で事件に立合つたために、青柳の指示によりとめに入つた被告人を青柳と取り違えた疑が濃厚である。みぎ尾嶋の供述と同旨の原審証人真下の供述も、同人が尾嶋の被傭者であること、その他前記の対立する各証拠にてらし、たやすく信用できない。そして原判決挙示の被告人の司法警察員に対する昭和四四年九月二三日付供述調書も、被告人の原審公判廷における供述(第一一回公判)中、右調書の作成の情況についての説明部分にてらし、信憑性がうすい。結局、被告人が尾嶋彰の身体に接触して有形力を行使した外形的事実は証拠上認められるけれどもそれが被告人において菅とともに共同して暴行を加える意思によるものであることを内容とする証拠は前記のとおりいずれも信用できず、他にみぎ共同暴行の意思を認めるに足る証拠は見当らない。
してみれば本件公訴事実は犯罪の証明が十分でないことに帰するから被告人は無罪であるところ、被告人を有罪として刑の言渡をした原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかな事実誤認の違法があるから、その余の控訴趣意に対する判断をまつまでもなく破棄を免れず、論旨は理由がある。
(吉川 岡村 稲田)